2012年4月29日日曜日

Linoleum25:So-net Blog


前記事「映画:少年メリケンサック」の続き。

 「少年メリケンサック」でツアー名古屋初日の時に社長が言っていた「THE STAR CLUB」と「the 原爆オナニーズ」。パンクを聴かない人には全くスルーのセリフだったろうけど、このタイミングで書かねばいつ書く?と思ったので、とにかく言いたいことを書く。下のラインナップは自分の車に載っている2バンドのマイベスト盤(CD)。曲数多くすることはいくらでもできるけど、どんどん曲数を減らしていって削りに削って、私の中でかなりトップに位置する曲だけ。

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「THE STAR CLUB」

1. FRONT LINE(1984)
2. GOODBYE JAPANESE ROCKERS(1980)
3. あの娘にひとめぼれ(1984)
4. LET IT ROCK(1980)
5. 汚れたおしゃべりだっこちゃん(1980)
6. SLASH WITH A KNIFE(1991)
7. BLACKGUARD ANGEL(1991)

2012年4月28日土曜日

コープを利用しているのですが、このところ欠品ばかりで満足に届.. - 人力検索はてな


131pt

私はコープさんの組合員さん(コープ自然派オリーブさんでしたでしょうか?)にはなっていないのでこちら四国でのお届け状況はわからないのですが、近くのスーパーで目だったことは、

・お水がなくなりました(すっからかんでした)

・パン売り場が少し寂しくなりました

・カップ麺が品切れの物がけっこうありました

あと、

・被災地に送る支援物資の受付をされていました(家に新しい綺麗なタオルが何枚かありましたので持って行かせてもらいました)

薬局さんでは

・「被災地の方に送るためにカイロの問い合わせを多く頂きましたのでお店の在庫全部を置いています」のコーナーがありました。そこに湯たんぽもありました。

こちらは納豆はたくさんあります、賞味期限が近くなって見切られるくらいです。

2012年4月26日木曜日

親は子供にどんなしつけをしたのか


親は子供にどんなしつけをしたのか

  いろいろな悩み事の書き込みを見ていると、「親が嫌いだ、親と顔を合わせたくない」という言葉がよく目につきます。 親の生活態度がだらしないので親が嫌いだというなら理解できますが、親が社会的にごく一般的な生活をしているのに「親が嫌いだ」なのです。 ある意味では親が子供の将来を考えて、しつけを厳しくすればするほど親を嫌いになる程度も高くなっているのです。 このことについて書くまえに、一言だけ言わなければならないことがあります。 それは「自分がいま苦しんでいるのは親のせいだと言って、親を責めてはいけない」ということです。 子供が苦しんでいるのは親のせいだといって責任転嫁をしても、問題はなにひとつ解決しないのです。 解決しないと言うより、むしろ状況が悪化する� ��けだと思います。 このことだけは強調させてもらいます。 親を責めれば責めるほど、子供の生き方は苦しくなるだけですから。 

  親を責めれば自分の感情はある程度収まるはずですが、それでは問題はなにひとつ解決しないのです。 逆に問題は深刻になっていくだけなのです。 感情さえ収まればそれでいいのか、それとも問題を解決して生き生きとした生き方をしたいのか、よく考えてみる必要があります。 いま問題がこじれてしまっている理由の多くは、親子共々感情の対立になっているからでしょう。 たしかに感情的なもつれをほぐすことが問題解決の第一歩ですが、お互いに相手を責めてばかりいるから、お互いに責任転嫁ばかりしているから、解決の糸口さえも見いだせなくなっているのではないでしょうか。

  私もそうですが、人間は感情的になると問題が解決するよりも、相手を苦しめることに重点が移ってしまうのです。 相手が自分よりくるしめば、自分の感情は収まるのです。 そしてそれを問題が解決したと勘違いしてしまうのです。

  これから書くことの多くのことが、別の項目で書いたことと重複することをあらかじめ承知しておいて下さい。 ここでは親のしつけが子供の考え方に及ぼす影響と、そにれたいする子どもの考え方について考えてみます。

ごく一般的な親の価値観と世間体について

  どんな親でも自分の子どものしあわせを考えない親はいません。 (最近は親が暮らしていくのに子どもがじゃまだといって、殺してしまう親がいることも事実ですが、それは例外中の例外です。) 親が子供のしあわせを考えて、一生懸命努力しているのに親はなぜ子どもに恨まれなければならないのでしょうか。 ここに親子間の価値感の相違があるのです。 親は親としての立場で子どものしあわせを考えるし、子供は子供で自分なりにしあわせを考えていて、世代間の考え方のずれがあるからです。 悲しい現実なのですが、親が子供のしあわせを考えて一生懸命になればなるほど、このすれ違いによる問題が深刻になっているとさえ思います。 

  一般的な親の子育てに関する方針とは、どういうものかをみておくことが大切です。 その方針とは、

 あげだせばきりがなくなるので、このへんで止めておきます。 これらの親の要求のなにひとつをとっても、親としては当然の要求だと言えます。 しかしこの一見当然とも思える要求の中に、子供を駄目にする内容が含まれているのです。

  私がとくに問題とすべきだと思うことは、親が世間体ばかりを気にしていて、子供の要求を無視し続けているところにあると言えます。 親が子供にとってよかれと思っていることが、実は子供のためではなくて親のプライドや世間体を気にした結果だということがあまりにも多すぎるのではないかということです。 たとえば「いい学校に入る」、「いい会社に就職する」ということは、子供の性格や実力にあっていることなら本当に良いことなのですが、子供の性格や実力とかけ離れているのに世間体にこだわって、子供に無理強いするからいけないのです。 親の動機が問題なのです。 だから子供が反発するのです。

2012年4月25日水曜日

ニューヨーク・タイムズ 「ソニー・・・どうしてこうなった・・・」:オレ的ゲーム速報@刃


1 名前:名無しさん必死だな投稿日:2012/04/18(水) 17:54:01.59 ID:0mFvZnZJ0

ソニーはなぜ、どうして今のソニーになったのか : ギズモード・ジャパン



ほんとに何があったんでしょうか...。

この10年で、ソニーは最強のテクノロジー企業のひとつから4年連続赤字会社へと急降下してきました。今やソニーはコンシューマーエレクトロニクス分野で持っていた優位性のほぼすべてを失ってしまった...とは言い過ぎかもしれませんが、一体どうしてこんなことになってしまったんでしょうか?

その答えについて、週末のニューヨークタイムズで良くまとめられた記事がありましたので、抜粋してご紹介します。

何が間違っていたかといえば、さまざまな機会の逸失、悲惨なほどの内部対立、という話になります。また、誇り高きソニーという企業が、グローバル市場の現実に適応する意志も、能力もなかったという話でもあります。

ソニーの最大の誤りは、この10年間起こってきたイノベーションの大きな波に乗れなかったことです。その波とは、デジタル化、ハードからソフトへのシフト、そしてインターネットです。

ハードウェアからソフトウェア、コミュニケーション、コンテンツまで、ソニーが事業を行なってきた全領域は、それぞれの分野の破壊的新技術、そして新興の競合他社によってめちゃめちゃにされてしまいました。そしてそうした変化は、ソニーにおいては内部対立・分裂を強めただけでした。

2012年4月23日月曜日

日本弁護士連合会│Japan Federation Of Bar Associations:留学体験記


1 留学のきっかけ

弁護士があふれかえっているといわれているアメリカにも、弁護士過疎の問題はあるのだろうか。この疑問から、私の留学生活が始まりました。

私は、2001年から2年間、北海道紋別ひまわり基金法律事務所に赴任しました。任期終了後、東京に戻った私は、弁護士過疎対策の今後について意見を求められる機会を多く持ちました。その際、海外との制度比較を通じた長期的な展望の検討が必要であると感じましたが、この問題に関する海外情勢の資料は、皆無といっても過言ではない状況でした。そこで、自ら現地に乗り込んで集めるしかないと、留学を目指すことにしました。

日弁連の制度は、ひとつの研究テーマを追求する留学スタイルを希望していた私にとって、ベストの選択でした。

2012年4月22日日曜日

ダーク・ウォーター - *くろねこの映画日記* - Yahoo!ブログ


毎日毎日、暑いですね〜。
あと2.3日すれば落ち着くらしいですが、本当かな〜?
ちょっとでも涼しくなりたくて(?)一人で観るのは苦手なくせに、頑張って
ジェニファー・コネリー主演のホラーを観ました!

2012年4月21日土曜日

今、誰もが学ばなくてはならない:映画『マイ・ビューティフル・ランドレット』から|グローバル化は足元からやってくる ~国際学で切り取る世界と社会~|ビジネス&キャリア|ヨミモノ|QuonNet


前回、日本、米国、韓国、中国の4カ国の中で、海外留学に関心のない高校生が最も多い国が日本であった調査結果(日本青少年研究所「高校生の生活意識と外国への関心」)を採り上げました。

そして、グローバル化の中で、若者が海外に興味を失うことは、自国を理解することからも遠ざかってしまうのではないかと記しました。現在、私たちの周辺で起こっている事態を国外/国内と簡単に隔てることはできなく、相互に複雑に関係しているのです。

しかし、一部の、しかし少なからずの(日本のみならず、世界の)若者が、海外/国内事情のみならず、そもそも「学ぶ」事自体に無関心でもあります。

上記の調査によりますと、海外留学をしたくない理由として各国において「自� �の国が暮らし易いから」が挙げられていますが、「国」というよりも自分の所属する身近な「コミュニティ」の居心地がそれなりに良い場合、なかなか外部(外国とは限りませんが)への関心を抱く事ができません。外部のみならず、その「コミュニティ」についてさえ、「なぜ(暮らし易いか等)」を問わなくなってしまうのです。

どの程度の居心地の良さが人を縛るのかは個人差があるでしょうが、たとえ、将来的に持続しない「幸せ」であっても今日一日が「ハッピー」ならば、概して何も考えずに刹那的に過ごしてしまうものなのかもしれません。

そのようなテーマを含めて、私は「なぜ大学で勉強しなければならないのか」と尋ねられる時、1985年に制作された英国映画『マイ・ビューティフル・ランドレット』の脇役 (主人公の父親)のセリフをお話することがあります。